本日の記事、かなり短くなりそな予感。
でもこういうメモ的なものって、どっかに書いとかないと忘れちゃうので。

以前に絵本のキャッチコピーとはマッチングである
みたいな記事を書きまして。

それの続きというかなんというか。

どうも絵本って
「ふたつ」がキーワードみたいな気がする。

文章と絵。
読み手と聞き手。
大人と子ども。

たとえば小説だと
単純に読んだ人が「面白い」と思えばそれでOK。
絵だって、まあ、表紙とか中にちょろっと挿絵がつくことはあるけれど
もういっそ変えてしまえ!ってほどのモノって
あんまりないように思う。
あ、文庫の表紙のリニュとかあるか。
(実をいうとワタシは
あれくらい思い切って挿絵を変えちゃえばいいのになーって
児童書なんかでは思ったりする。
ブログにもたまに書いてるけど、ね)

横流れしてるのでちょいと話を戻して。


なんで小説は「ひとつ」でいいのかっつーと
「読み手」と「買い手」がほぼいっしょだからなんだよね。
買って、読んで、満足。ならいいわけ。

でも
絵本の場合、たいていは
聞き手である読者(聞き手と書くとちょっと紛らわしいが、読み聞かせしてもらうサイドなのでね)は子どもで
自分では買わない=スポンサーにはならない
わけだ。

そうするとどうなるか?

絵本というのは
読者とスポンサー(お金を支払う、たいていの場合は親)の両方を満足させるクオリティが求められるわけだ。

これってなかなかヘビーだよね。
視線の高さが全然違う。
オマケに年齢も全然違って、価値観も違ってたりする。
その
差がある「ふたつ」を両方満足させることができる
のが
イイ絵本
なんだよねー☆


「絵本を買うときには出版されてから20年以上たっているものを選べば
まず間違いはない」
ということはよく言われるし、ワタシもブログの過去記事で書いてる。
たぶんだけど、この理由って
「読んでもらった人が大人になることで
ふたつの視線を手に入れて
その両方の眼で見て、やっぱりイイ本だ、って確認できる」
からじゃないかな?
っと。

子どもだけが気に入っても、買ってもらえない(=そもそも売れ行きが悪い)。
大人だけが気に入っても、一度(数回?)読んでそれっきり(=コスパがわるい)。

つーことで
大人と子どもの両方が気に入る、もしくはせめてどちらかが許容範囲であると認める
んじゃないと
残らない、わけだなぁ。。。

コドモノ本の作り手さんって
ホントすごいよねー
というところに話が落ち着いて
ふと
かの有名編集者・ノードストロムさんのことを思い出してみたりした。
あの本、また読みなおしてみようかなぁ…。

本日はまとまりのないメモ書き記事にて失礼。
とっぴんぱらりの、ぷう。
スポンサーサイト

わがままな大男

サルビルサ

comment iconコメント ( -0 )

コメントの投稿






trackback iconトラックバック ( -0 )

Trackback URL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。