前々回前回の記事にご興味がおありでしたらこちらをどうぞ。
ただいま、こちらの本の紹介中です。


【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」「ペルソナ」などのテレビゲームから、ウルトラシリーズや仮面ライダーシリーズなどのテレビヒーローもの、「ガンダム」「エヴァンゲリオン」「魔法使いサリー」などのアニメ、「ベルサイユのばら」「綿の国星」「ホットロード」などのマンガ、そして著者が専門の児童文学まで、あらゆるジャンルの「子どもの物語」を串刺しにして読み解く試み。そこから見えてきた、「子どもの物語」の大きな変化とはー。
【目次】
1章 テレビゲーム
2章 テレビヒーロー
3章 アニメ(男の子編)
4章 アニメ(女の子編)----魔法少女
5章 世界名作劇場
6章 マンガ
7章 児童文学
8章 子どもの物語たちが示すもの

著者はひこ・田中さん
出版社は光文社。光文社新書です。

以前にノンフィクション紹介サイト「HONZ」でも記事が書かれています。
紹介記事はこちら。栗下さんが書いていらっしゃいます。

今日はちょっと疑問から入ります。
ひこさんの定義している「子ども」って
年齢の幅はどれくらいなんでしょうね?

実はこの本、そこが曖昧なんです。
テレビヒーローの章では対象年齢の話なども出てきていますが
たとえばテレビゲームではポケモンが入っていない
マンガにコロコロコミックが入っていない
となると
年齢は多少高めの可能性あり、ですね。

マンガやテレビゲームに関しては
初期に子どもだった年代が
育ちながら離れず、そのまま一緒に年を重ねている部分もあったりしまして。
(余談ですが、そのあたりの女性とコミックのつながりは
内澤旬子さんが『卒業できない女たち』という雑誌連載中の初回と第2回記事で書いていらっしゃいました。
秀逸であり、同じくコミックを卒業していない同年代としては共感するところ多し、でございました)
その、離れないまま育った世代が(一定数)いることが
『成長を描かなくなった』一端なのかも?と考えたりもします。

さらに言うと
この本でひこさんが書いているのは
子どもをとりまく媒体の移り変わりであるとともに
その媒体の作り手の内面の変化でもあるのですよね。

ゲームクリエイター
テレビ制作者たち
アニメーター
マンガ家
作家
などの「作り手」も
時代の変化を受けています。ま、これは当然の話ですが。


いまの「作り手」たちは
自分が作っている媒体の初期を知っている
いわば第2世代が多数いるはず。
彼らの作る「メタ」な世界観が
第1世代の伝えようとした成長をそのまま継承できないのは
自然な流れでもある、ような…。

ちょっとまだ整理しきれてはいないのですけどね。

「作り手」は、純粋に届け先の<子ども>のため「だけ」に作品を作れるものか?
という疑問が
この本を紹介しようと思っている思考のループの中で浮かんでいるのです。

表現であるということは
自分の中にある何かを出すということ。
子ども向けの媒体であれば
対象は子どもである、と考えてしまいがちですが
その対象の定義が
子どもで「ある」ではなく
子どもを「含む」だと
そもそもの前提が違っているのだから
できあがるものもおのずから違ってくるでしょう。

世代交代のあたりに転換点があり
<成長を望む世代>が作っていた作品たちは
やがて
前の世代の望む<成長>とは違う方向に世界を広げていった
結果が
今の作品群の流れでは?
などと。

ワタシは占い好きでして
西洋占星術なんかもかじってたりしますので
ホロスコープの世代天体と呼ばれる星と対応するところがあったりしないかなー
なんて横道にそれたりもしたくなりますが
閑話休題ですなw

この本で紹介されている媒体の中で一番長い歴史を持っているのは児童文学。
児童文学ひとつとっても、
子どもという定義が変わったことで始まり
内容の変化を続けているわけです。

紹介する媒体はすべて変化を続けていて、
執筆当時の途中段階を切り取ったうえでのひこさんの一考察
というふうに考えた方がいいのかなー。

読んで終わり、よりも
読むことによってひこさんとテキストを共有し
彼のレスポンスに対して自分はどう考えるのか?

問われるような本でした。

読みながらいつになくメモ書きいっぱいしたんですが
いざ文章化するときに
全ッ然!使えなかったのも珍しい経験ですw

本に対しての考察はハンパですがこんな感じ。
もしかすると本の内容について
今、ふよふよと考えていることがまとまったら
いずれ【雑感】としてアップすることがあるかもしれません。

そのときご覧になってみて
気が向いたら
お付き合いいただけますと幸いです。よろしくどうぞ^^
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【リンク】ふだんブログで「天地明察」を紹介しました

ふしぎなふしぎな子どもの物語 なぜ成長を描かなくなったのか?(その2・ざっくり概要?編)

comment iconコメント ( -2 )

はじめまして。yositakaです。児童文学を論ずると、どうしても「子ども」を比較的高い年齢層に捉えてしまいがちなのは確かですね。文学というジャンルそのものが、理性の受け皿を必要とする、早熟の楽園みたいなところがありますから…でも、その一方で、幼少期から存在する無意識の領域にアタックする絵本・幼年童話の世界がある。「子ども」と口にする人それぞれに、思い浮かべている「子ども」は違うのかもしれません。その多義性が面白いとも思います。

名前: yositaka [Edit] 2014-05-31 23:45

No Subject

yositakaさま
おいでいただき、ありがとうございます。
ひとくくりに「子ども」といっても、
下は赤ちゃんから上は15歳くらいまででしょうか?
うちのブログはおおまかに義務教育が終わるくらいまで「子ども」でいいかなと定義しています。
おかげでブログの紹介本の幅がめちゃめちゃに広いのですが
それもまた面白さのひとつですね。
文学、絵本、ノンフィクション、その他もろもろ
興味深い本の山に分け入る楽しさを
ともに味わえましたら幸いです♪

名前: しろいまちこ [Edit] 2014-06-01 23:46

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