そろそろこの物語の紹介をしてもいい時期かな、と思いまして。


内容(「BOOK」データベースより)
社長命令で、突然ニューヨークシティマラソンに参加することになった安部広和。かつて家庭教師をしていた社長の娘・真結を監視しろというのだ。(「純白のライン」三浦しをん)ニューヨークで、東京で、パリで。彼らは、ふたたびスタートラインに立った―。人気作家がアスリートのその後を描く、三つの都市を走る物語。

3人の女性作家によるアンソロジーです。
今日ご紹介するのは近藤史恵さんの作品になります。

この作品を思い出し、紹介しなくちゃ!と思ったのは、先日山岸凉子さんの「言霊」を紹介したときでした。
バレエつながりというか
言霊の裏面みたいなものを、この「金色の風」に感じたのです。

あらすじがないので簡単に紹介しますと
主人公の夕(ユウ)は、バレエをやめてパリに語学留学に来た女性。
朝美という5歳下の妹がいて、彼女は奨学金をもらい、ドイツのバレエ学校に留学しています。
挫折感を抱え、パリで過ごすうち、家の前をゴールデン・レトリ―ヴァーと走っている女性・アンナにひかれ
夕もランニングを始めるようになりました。
…という
「バレエダンサーというアスリート」の、その後の物語なんです。

夕は、「言霊」の澄ちゃんよりも少し年上で
おそらくは少し実力や積極性が足りなかった女性です。
なによりも悲しかったのは妹の才能を目の当たりにしなくてはいけなかったことでしょう。
身近で努力では埋められない違いを見せられ
そのことによって自分に対して諦めを抱き、見切りをつけることになってしまう。
姉妹というのが更につらいところですね。

このときの心境は、作品の中でアンナに向かって語られています。
『「たぶん、わたし、負けたの。妹にではなく自分に」』
『――わたしがあんなに頑張った時間は、いったいどこにいってしまうの?』

積み上げてきたものが無になってしまう(と感じずにはいられない)むなしさが心の奥底に巣くってしまっているのです。
真剣であればあるほど傷つきます。これでいいなんて妥協をしなかったのですから逃げ道がないのです。
それほど自分を打ちこめるものがあって幸せだ、
というのは、底からあがってきてのちの
余裕が言わせる言葉でしかないでしょう。
いまの夕にはまだそれを受けとめるような余力はなく、
そんな夕に対してアンナはこう語りかけます。
『「たぶん芸術というもの自体が、犠牲を必要としているのよ」』
『「(略)あなたのことばを借りれば、砂を拾い集めなければ砂金は見つからないの。(略)」』
『「だから、あなたもバレエという芸術の一部なのよ」』

多大な裾野があり、その中で秀でた存在であるからこそプロになれる
正しく、そして残酷な現実。
けれど、その裾野を含めての全てが芸術である、というアンナの言葉により
夕は少しずつ気持ちが変わっていくように思えます。
もしかすると、それは
アンナの言葉自体よりも、自分の心の内を人に素直にあらわすことができるようになったという
夕自身の内面の変化から始まっているのかもしれませんけれど。

底をすぎ、少し違う方向を向くことができるようになった夕は
パリでマラソンを走り
走りながら今までふたをするように忘れていた気持ちを思い出します。
このくだりも引用したい気もするのですが
そこだけ抜き取ると、たぶんその文章から感じとる色合いが変わってしまうと思いますので
ぜひ、本編をお読みいただきたいと思います。

真剣に向かい合い、それでもダメになってしまったとき
こんな作品を読むことで
そこから得られたこと、よかったことを少しでも思い出し、取り戻せたら…
静かだけれども、誰の中にもたしかにある「底力」を引き出してくれるような作品ではないかしら、と思います。
スポンサーサイト

変なお茶会

終わらない夜

comment iconコメント ( -0 )

コメントの投稿






trackback iconトラックバック ( -0 )

Trackback URL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。