【内容情報】(「BOOK」データベースより)
この家には障りがあるー住居にまつわる怪異を、営繕屋・尾端が、鮮やかに修繕する。心ふるわす恐怖と感動の物語。

営繕かるかや怪異譚

小野 不由美 KADOKAWA/角川書店 2014-12-01
売り上げランキング : 17203
by ヨメレバ

 

「始末」のいい短編集

小野不由美さんのホラーは『残穢』と『はこ』を読んでいますが、少しずつ趣が変化していてイイですね~。

前に書いた2作品では怪異の輪郭がうすく滲んでいる感じだったのが、この短編集では割合はっきりと「おかしいことって、たしかにあるんですよ」って押し出してきています。


6編の話、6軒の家。
特別な人たちではなくて、縁があったり巡り合わせだったりして住むようになった家が怪のある家なんですが、「なんで?」ですし「気のせいだ」とも思いたいわけです。
でも、現実におかしいことは起きちゃってるんで、じゃあどうするの?と。

 

引越しますか?賃貸で身軽に暮らしているなら(そしてお金に余裕があるなら)それもありかもしれません。でも、現実として考えると、引越しっておおごとですよ。
そもそも引っ越してきたからにはそれなりの事情があるんですから、「すぐに引越し」なんて、口で言うほど簡単にできないもんです。(相っ当!に、久ーしぶりの引っ越しを目前にしているので実感こもりまくります…)

困っているところにふらりと登場するのが『営繕』屋の尾端さんです。
知り合いの大工さんや植木屋さんから、いわば口コミでお仕事をする人のようですが、霊感とかではないらしいのにこういう仕事が多いといい、的確にお仕事をしていきます。

彼が家を少しだけ変えて、追いやるのではなく行き先を作ってあげる、もしくは人目につかないように置いてあげる。
いわば「抜け道を作る」ことによって住人と怪異が上手に共存できるようになるんですね。

で、
この作品を読んでいてわたしが思い出したのが杉浦日向子さんの『百日紅』。
収録作品に「鬼」というのがあって、これは北斎の娘お栄ちゃんが依頼を受けて地獄絵を描いたら真に迫っていすぎたために繊細な奥方に影響が出てしまい、北斎がその絵に描き足しをして怪異を収める…という話。
この描き足しのときにね、北斎がお栄ちゃんに言うんですよ。「な、コウすりゃ“始末”ができるじゃねえか」って。
『営繕かるかや~』で尾端氏がしているのは、まさにこの“始末”。
追い払ったり退治したりするのではなく対処することで共存できる…これはホラー好きとしては新鮮でしたねー。オカルト系だと退治するとか成仏させるとかそういうのが多いのでね、「全編その手でいきますか!」と。

一応の解決がみられれば、少々の事があってもやりすごしていけるものですしね。


そういえばこんな感じって山岸凉子さんの『白眼子』にも共通するかも。「大難を小難にかえることしかできない」的なセリフがありました。

 

6編を通じて、根本解決ではなくその場しのぎとも言えますけれど、この曖昧でゆるやかな対処療法は、<なあなあ>という言葉のいい面でもあり、かつ、非常に日本的でもあるのかも。
まあ、なんにしろ謎めいた雰囲気含めて非常に興味深く面白いです。

なるほどなるほどと納得し面白く一気に読んでしまったのでした。

 

今回コピペはしていませんが、楽天ブックスの紹介文によると、このシリーズは現在も連載中とのこと。
続きがいつ出るのか?読み終わった先からワクワク楽しみです♪

 

小野さんの怪談えほんの紹介記事はこちらでしています→『はこ』

 

 

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 なんでなんで?

 Amazonにも楽天にも情報が載ってない!

 図書館で見つけた本ですが…★ 面白かったのにー(><)

ろせんばす

ろせんばす
作・絵:山本 忠敬出版社:福音館書店絵本ナビ

 

 車が好きな子の視点で描かれた絵本です

文章では書いてないし、解説にもありませんけどね。でもそうとしか思えない!

だって、車だけフルカラーで線が太いんですもの。

それに対して人がねえ…いかにも添え物っぽいんですよ(笑)。

もともと、山本さんの絵本ってその傾向はあるんですけどね。人をちょっと記号っぽく描くところがあって、それによってクルマがより一層引き立つのね。

人は完全に線画で、線も細くて、要するに影が薄いです(笑)。


ちょっとクラシカルではありますが、人もよく見ると面白いんですよ?

歩道を親御さんと一緒におもちゃのクルマに乗った子が通ってるとか、乳母車に子どもと猫がいっしょに乗ってるとかw
バスに乗り込む人たちもね、停留所で待っている人が乗り込んでいるのをバスの絵で確認できたりして。しっかり描きこんでいるだけに、アクセントの弱い側に人がいるのがやっぱりなんかこう、読んでてにんまりしちゃうんですよねー。

 

ヒトの脳って、興味のあることとそうでもないことを自然と選り分けるそうですが、だからってその脳内を他人が見られることはないわけで。
でも、絵本でこんなふうに描かれていると、「そうか、こんなふうに見えているのかも」って思うんですよね(そしてきっとそれほど外れてはいないはず)。
このメリハリのある表現が素晴らしいなーと感じます。

 

そしてこの本、読み終わった後で、後ろの見返しの部分にバスの走っている路線というか道筋が描きこまれているのに気づくようになっています。
こういう丁寧さとさりげなさがナイスな子どもの本って感じです。いいわー♡

小さい子でクルマの好きなタイプの子にはめいっぱいおススメしちゃいますね。プレゼントとかにもよさそうです。


ネットの書店に情報がないということは買えないかも?なんですが、見つけるチャンスがありましたら、お手にとって見ていただけますととっても嬉しいでーす♪

 

[は行の出版社]  [ら行のタイトル]

 暑くなると活字の本よりマンガを読むほうがラクかも…?と思ってしまいます。
ということで我が家のお蔵出しコミックを。

観用少女 1 (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)

川原 由美子 朝日新聞出版 2009-08-07
売り上げランキング : 82332
by ヨメレバ

↓(2巻もありますが省略)

 

観用少女 3 (あさひコミックス)

川原 由美子 朝日新聞出版 2013-08
売り上げランキング : 111448
by ヨメレバ

 

一言で言うと趣味全開!なコミック

…としか言いようがないかも。
観葉植物ならぬ観用する少女、ようするに生きてる人形なんですが、<ヒト>ではなくあくまで<人形>。
お人形用のミルクを1日3回あげて、お菓子を週に1回。バス・トイレは自分できる(らしい)。
ただし、面倒見が悪くなったり愛情不足だったりすると、色つやが悪くなり、最終的には枯れてしまうことも。
…って、この植物とペットが融合したような存在、かわいすぎるだろう!
巻き毛ありーのストレートヘアありーの、色も金髪からブルネットまでさまざまで、
しかも!眼の色が気に入られるまでわからないという…(気に入った持ち主候補に出会うまでは寝ているため、店にいる人形はすべて目を閉じているのです)。


キラッキラの少女マンガ絵柄で描かれたお人形さんですよ。いやもう、アンティークドールが生きてたら、こんなだよね!と。
それがお店にいる時はみんな眠っていて、人形が気に入ると目をあけてにっこり微笑むのね。でもって微笑まれた人だけが人形を買って育てることができるという、なんともフェチ心をくすぐる設定ですー。
欲しい!いるなら欲しい!と悶える読者はわたしだけじゃないはず。
つーかコミックス買うくらい好きな人はゼッタイ妄想してる!と勝手に確信w

 

ストーリー自体は、短編読みきりの連作で、コミカルなものから始まり、ディープなものシリアスなものじんわり泣けそうなものからほんのりあったかい気持ちになれるものまでよりどりみどりなバラエティ。
ちょっとうさんくさいアジアンテイストな国が舞台で、近未来的なのかパラレルワールド的なのかは読者の判断に任されている感じかも。
お茶が美味しいとか、店主が底知れない感じだとか、枝葉の要素もアヤシク面白くて、
あーなんでこのコミック終わっちゃったんだろうと残念でしたが、クオリティが高い作品ですから人気よりもネタ出しのほうが厳しかったのかなー、とも。

 

人形好き猫好き衣装好きで川原由美子さんの表紙絵を見て抵抗を感じないなら、これはもう強く強くおススメしちゃいます。
いっしょに読んでプランツ・ドールを欲しくなっていただきたいw
(趣味の合う人とだったら、「こんな人形(こ)がいいー!」っと妄想大暴走で語りまくりそうな位の好きっぷりなのですが)
イイ大人だしブログの文章なので、控えめにしておいて、本日はこの辺で終了にしておきます。

 

 

P.S.同好の士がいらっしゃいましたら、リアルで語りたいです。ふっふっふ。

 

 

 [あ行の出版社]  [は行のタイトル]

 大好きだけど手元に置けない本って、ありますよね。

わたしにとって、この作品は間違いなくその中のひとつです。

 

孤宿の人〈上〉 (新潮文庫)

宮部 みゆき 新潮社 2009-11-28
売り上げランキング : 9006
by ヨメレバ

 

孤宿の人〈下〉 (新潮文庫)

宮部 みゆき 新潮社 2009-11-28
売り上げランキング : 15240
by ヨメレバ

 

Amazonよりコピペの内容(「BOOK」データベースより)

(上巻)北は瀬戸内海に面し、南は山々に囲まれた讃岐国・丸海藩。江戸から金比羅代参に連れ出された九歳のほうは、この地に捨て子同然置き去りにされた。幸いにも、藩医を勤める井上家に引き取られるが、今度はほうの面倒を見てくれた井上家の琴江が毒殺されてしまう。折しも、流罪となった幕府要人・加賀殿が丸海藩へ入領しようとしていた。やがて領内では、不審な毒死や謎めいた凶事が相次いだ。
(下巻)加賀様は悪霊だ。丸海に災厄を運んでくる。妻子と側近を惨殺した咎で涸滝の屋敷に幽閉された加賀殿の崇りを領民は恐れていた。井上家を出たほうは、引手見習いの宇佐と姉妹のように暮らしていた。やがて、涸滝に下女として入ったほうは、頑なに心を閉ざす加賀殿といつしか気持ちを通わせていく。水面下では、藩の存亡を賭した秘策が粛々と進んでいた。著者の時代小説最高峰、感涙の傑作。

 

生きている人間が一番怖い


一言で書こうとしたら、こんな身も蓋もない感想に★

ミステリーっぽくもあり、ホラーっぽくもあるんですが、結局のところどちらにも転ばない普通の時代小説です。
そもそも初っ端の殺人からしてネタバレしているしね。
刑事コロンボ』みたいなもと考えればいいかも。犯人はすでにわかっている…というあのパターン。

でも、これはミステリーじゃないので謎ときは必要がないのです。ただ、犯人を裁くことができないだけ。
タイミングが悪すぎるうえに、手を下した人間の家の地位が微妙すぎる。まあ、だからこそ手を下したわけなんですけどね。
そして、わかっていてもどうにもできないからこそ人々の気持ちはさらにゆがんで、おかしな方向に意識や意図が向き、どんどん事態がねじれておかしなほうへと転がっていく…。
うん、やっぱり生きている人間が一番怖いや。宮部みゆきさんが得意なダークサイドの世界ですな。

 

そんな中、<台風の目>ではないけれど、賢しくなれないがためにうまく立ち回れず、あちこちからつつかれ、流されてしまうのが「ほう」という少女。
「あほうのほうだ」と言われながら育っているような生い立ちです。
彼女は阿呆というよりも、物事の理解が遅いのですが、それも小さい頃からの虐待の結果、すべてにおいて成長が遅れている、ってことだと思います。てか、そうとしか読めないです。
主人公の立ち位置にいますが、彼女を中心にして物語が進むわけでもなく、狂言回しのように状況描写をし続けるわけでもありません。事態が複雑すぎて、あっちもこっちも割り切れない事情・心情で混乱ばかり、ほうはそれらを上手に斟酌できませんから、読んでいて少しややこしかったりはがゆかったり感じるかもしれませんね。

ほうは目から鼻に抜けるような賢さはありませんが、理解できないからといって放置したり切り捨ててしまうほど暗愚でもありません。

この本を読んでいて、ほうが誰かを思わせるなあと考えていたのですが、ついさっき、そうだ宮沢賢治の『虔十公園林』の主人公・虔十だと気づきました。愚かだと人には言われますが、その実、本当に大事なことを頭ではなく心で理解し、守ろうとする様子に「愚直」という言葉の奥行きと力強さを感じます。

 
ほうは生まれも育ちも不幸ですが、ひがみや嫉みは一切なく、自分にできることを増やして少しでも伸びていこうといつも一生懸命です。その得難い資質を理解してくれる人々は、ほうのことを決して疎かにはしません。
そう、加賀さまでさえ。

 

加賀さま…
内容紹介では流罪となった要人という書き方をされていますね。幽閉されてなお気高く過ごしている、この人こそ武士(もののふ)です。
時代小説のなにが好きって、こんなふうに「ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」を体現している人が登場するところなんですよねえ。

加賀さまが自分の身の上におきた出来事や人生についてどのように考えていたのかは定かではありません。なにしろ己がした(と言われている)ことに対して言い訳を一切せず、全てをその身に引き受けているのですから。
それだけの覚悟があり実行してしまう人だからこそ周囲が怖れたのかもしれないと思うほど自律の人です。
自分に対して本当に厳しい…というよりも、もしかしたら自分を責めているのかもしれません。それすら作品では描かれていなくて、なんともやりきれなく悲しい方です。
表情にも言葉にも出さないけれど、それでも他者への思いやりはにじみ出てしまうお人柄。これほど高潔だからこそ、最終的には「崇り神」と呼ばれても祀られる存在になれたのではないかしら。
文章で表わされてはいないけれど、彼はいろいろなものを鎮める人柱になったんだと、わたしはそんなふうに考えています。

 

この加賀さまとほうとの主従の様子が後半の読みどころといいますか、とにかくひたすらに暗く込み入ったこの物語の中で、ほとんど唯一といっていい静かな明るさをたたえています。

美しい交流で、だからこそクライマックスでの奉公の終わりが切なくて。何度読んでも泣いてしまいます(そしてこんなに悲しい本は手元に置けない!って思っちゃうんです)。

ほうは加賀さまへの奉公のなか、折々に自分の名前の漢字を賜ります。阿呆のほうから方角・方向のほう、そして最後には宝のほうを。

ほうは特別なことと思っていなくとも、加賀さまへの奉公は珠のような忠義であり、それを加賀さまがねぎらってくださった、ということなのでしょう。

加賀さまへの奉公は解かれたことになりますが、ほうの心の奉公は終わらず、加賀さまを主と仰ぎ、よりよい生き方を心がけ実行することで、加賀さまへ、そして残念ながら亡くなってしまった大事な人々へ忠義を尽くし続けるのではないか…わたしはそんなふうに読んでいます。

 

「ああ、全く、誰が賢く誰が賢くないかはわかりません。」これも『虔十公園林』に出てくる言葉ですが、物語の最後、嵐が去った後のような光り輝く風景を思うたび、わたしの心に吹き込む爽やかな空気が、これからはこんな声を伴ってくれそうな気がします。

 

 

 [さ行の出版社] [か行のタイトル]

 なんとなくですが、お天気がいいときよりも悪いときに読むほうがしっくりくるかも?です。

雨ニモマケズ Rain Won't

宮沢賢治 今人舎 2013-11-06
売り上げランキング : 60833

by ヨメレバ

 

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
アニメーション作家・山村浩二の絵と詩人・アーサー・ビナードの新訳が出会う、本当の宮沢賢治里山

 

さりげないコラボレーション

英語と日本語の対訳絵本…と評するべきなんだろうなあ、と思いつつも抵抗を感じてしまい、どうしてなのか考えました。

 

勝手な思い込みなんですけど、わたしの中に『対訳絵本』って、お勉強のための本ってイメージがあったみたいです。
そして、日本語の絵本の完成品に英語をつけたしたものでもあると。
なるほど。そう考えるとこの絵本はその範疇には収まりませんね。
思い込みイメージでは、たいてい英語がつけたされているため誌面のバランスが崩れているというか、はっきりいうと英語がオンされている分 文字が過剰だと感じるものが多いんですね。
絵本って、絵と文章のバランスも視覚的に大事なので、このバランスが美しくないと残念に感じてしまいまして。
逆にいうと、フォントまで含めて最高バランスだと「こんないい絵本はない!」と感激しちゃうと。そういう思考回路をしているようです。(書いているうちに逆引き的にわかってきました)

 

で、そういう意味で捉えると、この絵本は英語と日本語と絵をすべて組み合わせての誌面デザインがされているので、過剰なところのない<完成品>なわけです。
英語をメインテキストの場所に置きつつも、日本語がオマケではなく、誌面として見たときに落ち着きのいい場所に配置されています。
そして両方の文章をどっしりと受け止め、詩の世界をさらに豊かに広げる絵の数々。

 

宮澤賢治作品というのは、画家の作品欲を刺激するんだろうなあ、というのは、多数出版されている絵本を見ながらよく考えることです。
著作権が切れる前から、そして著作権が切れて出版しやすくなっただろう時期からはもっとたくさんの作品が出版されていて、それらはたいてい勢いがいいというかパワーが強いというか、「どうだ」って表紙からグッとアピールしてくるものが多いように感じます。
でも、この『雨ニモマケズ Rain Won't』はものすごくおとなしやかな佇まいで、ふと気づいたらそこにいたんですね…、という雰囲気。
色合いが抑え目なのもあるとは思うんですが、それだけじゃないんですよね。水墨画のように静かで深い世界観で、賢治の手帳の世界がそのまま立ちあがってきたかのような趣です。

 

文章については、わたしは英語のレベルめっちゃ低いんで、絶対的な評価というのはできっこないですけど、日本語に通暁しているピナードさんの英訳ですからきっと大丈夫なはず。というか、わたしレベルの英語力でもいいなあって感じたんだからきっとわかりやすくて素敵な英訳なんでしょう。
詩としての英語のリズムと内容の表現を両立させるのはさぞ難しいと思うんですけどね。音読していて、とても心地よかったです。これ、男性の方の音読を聴いてみたいなあ。それこそピナードさんのお声で、とか。

 

ご存じの方も多いと思いますが、「雨ニモマケズ」は賢治が手帳に残した走り書きのような詩で、出版を目的とした完成作品ではありません。
その未完であり荒削りであるがゆえに賢治の人柄・心映えがそのまま映し出されていて、それが作品の大きな魅力です。
その素朴さが非常によく活かされた絵本になっていると思いました。

 

「読む」というよりも「愛でる」というほうがふさわしいんじゃないかな…と感じるこの絵本、
どこかで見かけたときにもし思い出していただけましたら、お手にとって愛でてみてください。

 

 

 [は行のひと]  [や行のひと]  [あ行の出版社] [あ行のタイトル]

本棚の整理をしていて読みふけるという、ダメダメだがあるあるなパターンの後、ブログで紹介することに決定しました(笑)。

天使みたい (クイーンズコミックス)

山下 和美 集英社 2003-06-19
売り上げランキング : 132614
by ヨメレバ

このマンガは処分できないッ!

本、減らさないとなんですけどねぇ…たはは。

 

この作品集には、タイトルになっている「天使みたい」のほかに「マーブル・フレンド」と「BARA BARA」が収録されています。

どれも名作なんですが、この中ではわたしは「BARA BARA」が一番好きかな。
しかし、休館中の旧館で紹介しようと思ったのは他の2作品。このあたりのギャップが紹介しきれなかった原因かも★
あっちは子どもの本縛りでやっていたので、「BARA BARA」だけが登場人物の年齢層がちょっと高くてズレてたんでした。

「天使みたい」はSF設定で、「マーブル・フレンド」と「BARA BARA」はリアルな生活。
特記すべきと思うのは、出版されてから10年どころじゃない年月がたっているけれど、内容も線もファッションも古いと思わない!
すごいですよ、山下さん。

 

内容紹介は順不同でまいりやす。

 

まずは「マーブル・フレンド」。

この作品、たいていの女性がココロをわしづかまれて『うわーっ』てなっちゃいそう。
いまの高校生にはいって貸してあげても同じノリで楽しむんじゃないかなー。
タイプの違う女友達。仲がいいのも本当で、裏に複雑な気持ちがあるのもまたホント。
めっちゃめちゃに!わかるー☆んですよ。
染みます…。

 

切なくなったあと、じんわりほんのりくるのは「天使みたい」でして、これはページ数も長くて内容もちょっと複雑。
主人公のもと双子だけじゃなくて、母の葛藤もオマケのように混ざってるからね。
時代が移って訪れるノスタルジーもいいですが、高校時代の恋がしっかり実っていたあたりに少女マンガらしさもあり、
SFテイストと情緒の交り具合がなんともイイ感じの作品なんです。
(双子の神秘は味わうことができないだけに憧れがあって、オカルトっぽい話でも結構夢中になって読んじゃうのでした)

 

でもって「BARA BARA」。
もうこの作品好きすぎる!
山下さんの音楽がらみのコミックって好きなのが多くって、ちょうど1年前くらいに読んだバンドの短編『拝啓 アリス・レジェンド 様』もよかったんですわ。(あれ、早くコミックスにならないかなー)
「BARA BARA」は平凡と非凡とか、好きなことを通して自分を知ることとか、演奏や聴くところとは別の枠からも音楽を捉えているのがとにかく新鮮です。
何度読んでもワクワクするのは、主人公のこれからが光っているだけじゃなくて、実はそれって今までの積み重ねもちゃんと裏打ちされてるからだよねっていうのが見えるから。
ただやみくもに変わりたい、じゃなくて、自分の中にある羅針盤に素直に従うことでひらける世界があるんだよ、って教えてくれるからなんじゃないのかな。

3作品、いずれ劣らぬ面白さなんですが、
『ガールフレンズ』ってシリーズもう1冊あるみたいで、読み直して紹介文書いてたら、そっちも気になってきちゃいました★
近々探して読まなくっちゃ!となってしまいましたので、本日はこの辺で。中古本、どこで買えるか探しにいってきまーすw

 

 

 [さ行の出版社] [か行のタイトル]

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