大好きだけど手元に置けない本って、ありますよね。

わたしにとって、この作品は間違いなくその中のひとつです。

 

孤宿の人〈上〉 (新潮文庫)

宮部 みゆき 新潮社 2009-11-28
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by ヨメレバ

 

孤宿の人〈下〉 (新潮文庫)

宮部 みゆき 新潮社 2009-11-28
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by ヨメレバ

 

Amazonよりコピペの内容(「BOOK」データベースより)

(上巻)北は瀬戸内海に面し、南は山々に囲まれた讃岐国・丸海藩。江戸から金比羅代参に連れ出された九歳のほうは、この地に捨て子同然置き去りにされた。幸いにも、藩医を勤める井上家に引き取られるが、今度はほうの面倒を見てくれた井上家の琴江が毒殺されてしまう。折しも、流罪となった幕府要人・加賀殿が丸海藩へ入領しようとしていた。やがて領内では、不審な毒死や謎めいた凶事が相次いだ。
(下巻)加賀様は悪霊だ。丸海に災厄を運んでくる。妻子と側近を惨殺した咎で涸滝の屋敷に幽閉された加賀殿の崇りを領民は恐れていた。井上家を出たほうは、引手見習いの宇佐と姉妹のように暮らしていた。やがて、涸滝に下女として入ったほうは、頑なに心を閉ざす加賀殿といつしか気持ちを通わせていく。水面下では、藩の存亡を賭した秘策が粛々と進んでいた。著者の時代小説最高峰、感涙の傑作。

 

生きている人間が一番怖い


一言で書こうとしたら、こんな身も蓋もない感想に★

ミステリーっぽくもあり、ホラーっぽくもあるんですが、結局のところどちらにも転ばない普通の時代小説です。
そもそも初っ端の殺人からしてネタバレしているしね。
刑事コロンボ』みたいなもと考えればいいかも。犯人はすでにわかっている…というあのパターン。

でも、これはミステリーじゃないので謎ときは必要がないのです。ただ、犯人を裁くことができないだけ。
タイミングが悪すぎるうえに、手を下した人間の家の地位が微妙すぎる。まあ、だからこそ手を下したわけなんですけどね。
そして、わかっていてもどうにもできないからこそ人々の気持ちはさらにゆがんで、おかしな方向に意識や意図が向き、どんどん事態がねじれておかしなほうへと転がっていく…。
うん、やっぱり生きている人間が一番怖いや。宮部みゆきさんが得意なダークサイドの世界ですな。

 

そんな中、<台風の目>ではないけれど、賢しくなれないがためにうまく立ち回れず、あちこちからつつかれ、流されてしまうのが「ほう」という少女。
「あほうのほうだ」と言われながら育っているような生い立ちです。
彼女は阿呆というよりも、物事の理解が遅いのですが、それも小さい頃からの虐待の結果、すべてにおいて成長が遅れている、ってことだと思います。てか、そうとしか読めないです。
主人公の立ち位置にいますが、彼女を中心にして物語が進むわけでもなく、狂言回しのように状況描写をし続けるわけでもありません。事態が複雑すぎて、あっちもこっちも割り切れない事情・心情で混乱ばかり、ほうはそれらを上手に斟酌できませんから、読んでいて少しややこしかったりはがゆかったり感じるかもしれませんね。

ほうは目から鼻に抜けるような賢さはありませんが、理解できないからといって放置したり切り捨ててしまうほど暗愚でもありません。

この本を読んでいて、ほうが誰かを思わせるなあと考えていたのですが、ついさっき、そうだ宮沢賢治の『虔十公園林』の主人公・虔十だと気づきました。愚かだと人には言われますが、その実、本当に大事なことを頭ではなく心で理解し、守ろうとする様子に「愚直」という言葉の奥行きと力強さを感じます。

 
ほうは生まれも育ちも不幸ですが、ひがみや嫉みは一切なく、自分にできることを増やして少しでも伸びていこうといつも一生懸命です。その得難い資質を理解してくれる人々は、ほうのことを決して疎かにはしません。
そう、加賀さまでさえ。

 

加賀さま…
内容紹介では流罪となった要人という書き方をされていますね。幽閉されてなお気高く過ごしている、この人こそ武士(もののふ)です。
時代小説のなにが好きって、こんなふうに「ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」を体現している人が登場するところなんですよねえ。

加賀さまが自分の身の上におきた出来事や人生についてどのように考えていたのかは定かではありません。なにしろ己がした(と言われている)ことに対して言い訳を一切せず、全てをその身に引き受けているのですから。
それだけの覚悟があり実行してしまう人だからこそ周囲が怖れたのかもしれないと思うほど自律の人です。
自分に対して本当に厳しい…というよりも、もしかしたら自分を責めているのかもしれません。それすら作品では描かれていなくて、なんともやりきれなく悲しい方です。
表情にも言葉にも出さないけれど、それでも他者への思いやりはにじみ出てしまうお人柄。これほど高潔だからこそ、最終的には「崇り神」と呼ばれても祀られる存在になれたのではないかしら。
文章で表わされてはいないけれど、彼はいろいろなものを鎮める人柱になったんだと、わたしはそんなふうに考えています。

 

この加賀さまとほうとの主従の様子が後半の読みどころといいますか、とにかくひたすらに暗く込み入ったこの物語の中で、ほとんど唯一といっていい静かな明るさをたたえています。

美しい交流で、だからこそクライマックスでの奉公の終わりが切なくて。何度読んでも泣いてしまいます(そしてこんなに悲しい本は手元に置けない!って思っちゃうんです)。

ほうは加賀さまへの奉公のなか、折々に自分の名前の漢字を賜ります。阿呆のほうから方角・方向のほう、そして最後には宝のほうを。

ほうは特別なことと思っていなくとも、加賀さまへの奉公は珠のような忠義であり、それを加賀さまがねぎらってくださった、ということなのでしょう。

加賀さまへの奉公は解かれたことになりますが、ほうの心の奉公は終わらず、加賀さまを主と仰ぎ、よりよい生き方を心がけ実行することで、加賀さまへ、そして残念ながら亡くなってしまった大事な人々へ忠義を尽くし続けるのではないか…わたしはそんなふうに読んでいます。

 

「ああ、全く、誰が賢く誰が賢くないかはわかりません。」これも『虔十公園林』に出てくる言葉ですが、物語の最後、嵐が去った後のような光り輝く風景を思うたび、わたしの心に吹き込む爽やかな空気が、これからはこんな声を伴ってくれそうな気がします。

 

 

 [さ行の出版社] [か行のタイトル]
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絵本のあとにまたミステリw
でも、この作品は青い鳥文庫にも入ってるくらいなので、小中学生でもオッケーっすよ♪

楽天ブックスより商品説明
中学生の双子の兄弟が住む家に落っこちてきたのは、なんとプロの泥棒だった。そして、一緒に暮らし始めた3人。まるで父子のような(!?)家庭生活がスタートする。次々と起こる7つの事件に、ユーモアあふれる3人の会話。宮部みゆきがお贈りする、C・ライス『スイート・ホーム殺人事件』にも匹敵する大傑作!

著者:宮部みゆき
出版社:講談社
表紙:荒川弘

宮部みゆき作品は
『荒神』
『孤宿の人』
『サボテンの花』
『チヨ子』
『悪い本』
『女の首』
を過去記事で紹介しています。
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